絵画に描かれた投扇興

投扇興は、いろいろな日本画に描かれています。芸術の素養が全くない私ですので、とりあえず名前だけ列挙してみます。
どんな絵なのか、もちろんここでは転載できませんので、興味がおありの方はぜひお調べください。
また、投扇興の道具の写真などを掲載した美術関連の書物も挙げていきます。


鏑木清方(かぶらぎきよかた、1878〜1972)

タイトルを失念してしまったのですが、投扇興の図を描いています。

かぶらぎきよかた【鏑木清方】日本画家。名は健一。東京神田生まれ。美人画や庶民生活に取材した作品には古き佳き江戸・明治の情緒が漂う。作「築地明石町」など。文化勲章。  (広辞苑より)

これの豪華な掛け軸(数百万円するらしい)が、浅草の1月例会で披露されることがあります。


上村松園(うえむらしょうえん、1875〜1949)

鏑木清方と同じく美人画の大家。この当時の美人画の展覧会とか画集を調べたら、投扇興に関する絵がいろいろ見つかるかもしれませんが、まだ詳しく調べていません。今後の楽しみにしておきます。

何より、宮脇賣扇庵の投扇興の道具についてくる得点表(点式)に描かれている投扇興の図が、この上村松園さんによるものです。
見るだけなら東急ハンズの新宿店の1階でも見ることができます。


梶原緋佐子(かじわらひさこ、1896〜1988)

徳島県立近代美術館に「投扇」という作品が収められています。人物の表現を生涯一貫して追求した日本画家で、この作品には二人の舞妓が投扇に興ずる姿が生き生きと描かれているとのこと。


北尾重政(きたおしげまさ)・勝川春章(かつかわしゅんしょう) 『青楼美人合姿鏡(せいろうびじんあわせすがたかがみ)』

二人の浮世絵師の競作による、吉原の遊女たちの艶姿を描く錦絵本です。
愛知県西尾市の岩瀬文庫コレクションの解説によると、「各妓楼自慢の名妓たちが、季節の風物とともに琴や書画、歌、香合、すごろく、投扇興(とうせんきょう)などの芸ごとや座敷遊びに励み、興じ、巻末には彼女らの作による発句(ほっく)が掲載されています。高位の遊女は美しさだけではなく、豊かな教養もそなえていました。」とのこと。
この本は安永5年(1776)版ということなので、つまり初めて投扇興について記された「投扇興図式」が書かれた安永2年のわずか3年後。投扇興が生まれたばかりの頃の様子を描いた、貴重な史料とも言えるでしょう。


伊藤久美(1942〜 )『投扇興』

上記リンクにご自分のサイト「わらべ絵の世界」を開かれており、「GALLERY 作品」という所に作品を公開されていますので、ぜひご覧ください。
「その他」の所に「投扇興」という作品があり、おそらく宮脇賣扇庵製と思われるお道具を使って、着物姿の少女が扇を投げようとしている様子が描かれています。


竹久夢二(1884〜1934) 『春宵清興』

和服の女性が2人座っており、左側の女性が扇を投げています。正座しているのではなく、左手は床についていて、ちょうど「しな」を作っている感じで、やや行儀が悪いです。現在の投扇興の試合ではもちろん注意されてしまいますが、自宅でくつろいで遊んでいる絵なのでしょうね。
もう一人の女性はただ見ているだけ、というか、おそらく字扇取りをしているのでしょう。

1995年に高島屋で行なわれていた「竹久夢二 高畠華宵 蕗谷虹児展」に展示されていたようなのですが、私は見る機会がありませんでした。


太田聴雨(おおた・ちょうう、1896〜1958)

「星をみる女性」という作品が有名で、1990年の「切手趣味週間」記念切手のデザインにもなっています。この人にも「投扇競」という作品があり、買うとなると相当なお値段になるようですね。

余談ですが、「投扇興」という単語はまだまだなじみの薄い言葉のようで、この投扇「競」という誤記はけっこうあちこちで見かけます。そのため、この作品名が太田画伯の勘違いなのか、それとも単なるサイト担当者の誤記なのか、ちょっと定かではありません(^_^;)。


森田曠平(もりた こうへい 1916〜1994)『投扇興』(1968年)

山種美術館所蔵。絵の写真はHPには紹介されていませんので、実物は現地に行って観るしかありません。

所在地 〒102-0075 東京都千代田区三番町2番地 三番町KSビル
電話 03-3239-5911
開館時間 10:00-17:00 (入館16:30まで)
休館日 月曜日、展示替え期間、年末年始
駐車場 なし

ただ、今井彰氏の「地獄蝶・極楽蝶」(築地書館)という本の69ページに、白黒ながら写真が載っています。

「おもちゃ博物館 10 遊戯具」

投扇興の写真が2枚掲載されています。
1つは江戸時代のもので、投扇興が、250×83×83の大きさのようです。
もう1つは大正時代のもので、上記の上村松園画の180×118×118の大きさのもの。

あと、別のページには、投扇興にて遊ぶ図ということで、1898年(明治31年)の楊州周延画が掲載されていました。大きさは、370×750のようです。
他に、投扇興の元になったという投壺も2枚ほど写真が掲載されていました。


「日本の美術 No.32 遊戯具」関忠夫編、至文堂

昭和43年に発行された美術雑誌の12月号ですが、この「遊戯具」特集号に、投壺や投扇興の詳しい記述があります。
内容の一部を、「投扇興の歴史」や「日本全国の投扇興」でご紹介します。