投扇興を詠んだ俳句

「投扇興」というのは、俳句の季語(季題)で言うと春夏秋冬のどれでもなく、「新年」(の生活関連)にあたります。その、新年の季語である投扇興を詠んだ俳句にどのようなものがあるか、例句を集めてみます。

参考:
現代俳句データベース
俳句作者の読み方(俳句人名事典)


阿波野青畝(あわの・せいほ、1899〜1992)

本名は橋本敏雄、奈良県高市郡高取町生れ。原田浜人に学び、のち高浜虚子に師事。写生と暖かい人間味とユーモアが特徴の句風。
大正末から「ホトトギス」に登場した、高浜虚子門下のいわゆる「4S」(水原秋櫻子、山口誓子、阿波野青畝、高野素十)の一人。
その阿波野青畝の作品の中で、投扇興を詠み込んだ句が、「俳誌ひいらぎ」のサイトの中のページの一つ「投扇興」に紹介されていました。

投扇の歌の情(こころ)を覚えけり

投扇の狼藉としてもののかげ

投扇の扇しずかに立てるまま

投扇興みんな花散る里と散る

投扇興畳すりゆく要かな

私のような投扇興プレイヤーにとっては、特に「みんな花散る里と散る」というのが実感としてわかりますねぇ(^_^;)ゞ。


徳永山冬子(とくなが・さんとうし)

愛媛県宇和島生まれ。神奈川県平塚市在住。 昭和4年「渋柿」に入門し、松根東洋城(まつね・とうようじょう)に師事。

投扇興 妬み心の しばしあり

あーあー、これもわかりますねぇ(笑)。ご本人がどういう場面で詠んだのか、ぜひ解説して欲しい所です。


成瀬正俊(なるせ・まさとし。「正とし」と書く場合もあるようです。1935〜2008年4月4日)

高浜虚子に師事し、「ホトトギス」同人。愛知県犬山市の国宝・犬山城の最後(第12代)の城主。犬山城は2004年に財団法人犬山城白帝文庫が維持管理することになるまで、全国で唯一の「個人所有の国宝の城」だった。

夕顔を 心に投げし 扇かな

どうせ心にイメージするなら、夕顔よりも澪標です(笑)。それはともかく、源氏物語形式の銘定で遊んでいた情景であることだけは間違いないですね。


林暢(はやし・とおる?)

(すみません、ちょっと詳細がわかりませんでした)

四尺の これほど遠し 投扇興

「四尺」…4×0.303m=1.212mですから、現代の浅草の投扇興の距離とはもちろん違い、「閉じた扇の長さの4倍」という従来の距離だと思いますが、そうだとしたら骨の長さが30cmもある扇ってかなりデカイな…(^_^;)。そして、そんな扇を投げているのに「これほど遠し」ということは、つまりいろんな銘を出して楽しむどころか、まだ当てることすら、届かせることすらできていない、超初心者ってことですね(笑)。


ほか、インターネットで検索した句から。

1)
http://www.sun-inet.or.jp/~yukuko/haiku-seasonal-2.htm

投扇を 支へる指の 長さかな

雑誌「ミセス」のグラビアの、坂東玉三郎の投げる光景を見て詠んだ句のようです。詳しいことはわかりません。

2)「3丁目 内堀はる希」さん
http://www.nnpjp.com/nisiura/haiku/

投扇の 師に呼ばし 春の雨

京都市伏見区深草西浦町の地域情報紙「にしうら」250号。つまり、町内新聞掲載の俳句です。
なお、京都市伏見区深草西浦町のホームページはこちら。
http://www.nnpjp.com/nisiura/index.htm

3)「雅日子」さん
http://www.slownet.ne.jp/members/asp/hik_fh_Disp.asp?Ctid=MFHKHI12&Seqno=155

投扇に 京のみやびや 年を越す

投稿日が2001年1月6日となっており、「今日のNHKテレビでも投扇を紹介していました」だそうです。見逃してしまったな〜。

それはそうと、作者のコメントに「アナウンサーが200年云々と表現していましたが、 何の何の平安時代からの雅(みやび)の世界なんです。」とありました。
引用しておいて言うのも何ですが、これははっきりと勘違いです。
私も何度もあちこちで書きましたが、「投壺」はともかく投扇興は文献を見る限り間違いなく江戸時代に起こったもので、平安時代にすでにあったという資料はありません
いろいろな場所で「平安貴族の遊び」として紹介しているのですが、それらの説明を見ていると、扇というものが日本古来のものであること、遊びの雰囲気がどことなく雅びなこと、そして「源氏物語」をもとにしている銘定形式などからそう誤解しているように見受けられます。
しかし、そもそも紙張りの扇が発明されたのは室町時代に入ってからなので、平安時代から投扇興が始まっていたということはあり得ないのです。
あるいは、平安装束を身にまとっていろんな遊びを体験するという催しで「投扇」をやるところが多く、特に時代考証を行なうことなく「平安時代の遊び」というイメージが浸透してしまっているのかもしれません。

あと、こちらは俳句ではなく和歌ですが

4)岡山の石原淳吉さん
http://www.ume.or.jp/Public/Tourai/kaisi/00/tou0005.htm#石原淳吉

投扇に興ずる幼な見てあればいまの現実をすべて忘れつ

5)「575筆まか勢」さんのブログ
https://fudemaka57.exblog.jp/26728228/
に、新年の季語「投扇興」を詠んだ俳句がたくさん紹介されていました。
なお、阿波野青畝の5句など、すでに上に挙げている句は割愛させていただきました。

とるほども無き袂とり投扇興 高本時子
ばらばらに花散る里や投扇興 大下秀子
ひと組の投扇興を座の興に 高浜年尾
も一度は吾に投げさせよ投扇興 城戸崎丹花
力ふと抜けて射止めし投扇興 山田弘子 懐
古き世の投扇興に鈴ふたつ 角川照子
坊さまのふはりと当てて投扇興 岡田久慧
夢に又投扇興の師に見え 深川正一郎
尼門跡の声の若やぐ投扇興 但馬美作
投扇に興ずる東男吾 井桁蒼水
投扇のたなごころ置く青畳 大橋敦子
投扇の力みはづして構へけり 荒井正隆
投扇の呼吸といふを見たるかな 山田弘子 螢川
投扇の扇かさねし膝の前 下村福
投扇興まつすぐといふはかなごと 赤澤新子
投扇興小人数ながら庵の春 大谷句佛 我は我
投扇興故(ふるき)を温(たづ)ね遊びけり 高浜虚子
投扇興末子さかしく笑ひ初む 大谷句仏
投扇興衣紋いなしてかまへたり 阿波野青畝
投扇興黄なる扇がよく当る 星野立子
投扇逸れてひらめき落ちにけり 原田種茅
春雨や投扇興の鈴の音 蘇山人俳句集 羅蘇山人
男われ投扇興に負けつゞけ 森田峠 避暑散歩
若き日をふと懐かしむ投扇興 八木綾子
袖長き投扇興の女かな 細川加賀 『玉虫』以後
座敷から扇投げやる小舟哉 正岡子規 扇
投扇のこゑと思ひてとほりけり 岡井省二 山色
眦の投扇興に上りたる 後藤比奈夫
見てをれば投扇興はやさしさう 稲畑汀子

「黄色の扇がよく当たる」なんてまさにしょっちゅう思ってることです(笑)。
「力み外して構え」る、というのは非常に大事なことですね。