文学と投扇興

何しろ私があまり小説などを読まない人間なもので、これが最も集めにくいテーマです。
「投扇興と文学」と言えば源氏物語および百人一首になるわけですが、その他に登場した分について挙げてみます。
情報をお持ちの方、ぜひお寄せください。おそらく、まだまだたくさんあるものと思われます。


志川節子「手のひら、ひらひら 江戸吉原七色彩」
(文春文庫)

作品紹介によると

「色と欲、恋と情けの吉原を描いたデビュー作
うぶな花魁をしこむ上ゲ屋、年季を積んだ妓に活を入れる保チ屋など、吉原の架空の稼業を軸に男女の綾を細やかに描いた初の作品集」
とのことですが、この中に投扇興が出てきます。
江戸時代後期に庶民の間で投扇興が大流行し、賭けに発展したため幕府から禁止令が出されたことは有名ですが、その投扇興博打で借金を抱えた吉原の遊女が、投扇興の行司とねんごろになり…という展開です。
情報を提供してくださったのは其扇庵黒鳳さんです。ありがとうございます。

岡田喜一郎「投扇興茶屋おちせ」

淀川長治さんに関する著書が多いドキュメンタリー映像作家の岡田喜一郎さんによる時代小説です。
(…他に岡田喜一郎さんっていないですよね…? 2014年1月現在、ネットで調べてもちょっとわかりませんでした。もし別人だったら修正します)

1 桜吹雪投扇興
2 運のゆくえ
3 萩の女
4 父子纏
5 女髪結いお仲
6 岡場所の女
7 花売り婆
8 罠の果て
9 小判を磨く女
10 矢場の女

2014年1月現在、10巻まで出ていますが、全てAmazonのKindle版だけで、電子ブックでない普通の本としては出ていないようなのでご注意ください。
価格は1巻(約55ページ分だそうです)につき250円となっています。いちおうAmazonの「商品の説明」をご紹介しておきます。

書き下ろし時代小説。一話完結。
江戸末期。向島の墨堤(隅田川堤)のはずれにある「おちせ」は鰻料理を売り物にしている料理茶屋。
女盛りの美貌の主人お千世が投扇興(とうせんきょう・扇を投げて的に命中させ得点を競う)の達人であることから、いつしか「投扇興茶屋おちせ」として知られるようになった。
そんな「おちせ」を中心に、さまざまな人間模様や数々の事件が展開される。
四季おりおりの江戸の風情を背景に、恋、愛欲、出世欲、人情などが描かれた推理仕立ての読みきり連作をお楽しみください。

1巻の無料お試し版だけ読んでも「投扇興」は全く出てきませんので、ストーリーを知るには購入するしかなさそうです。
なお、上記の説明は第1巻のもので、他の9巻についてはそれぞれの概要が書いてあります。


吉川英治「江戸三国志」第2巻
(春歩堂、および講談社吉川英治文庫)

国立国会図書館の検索システムで「投扇興」を調べたら出てきた情報です。
春歩堂の方は1949年の出版で、ちょっと見つけるのは困難だと思いますが、講談社文庫の方は1990年に出たばかりで、まだ入手は可能です。

その第2巻の内容ですが、国会図書館の検索システムの結果によると、

投扇興,魔のさす辻,宿怨情恨,大望,馬春堂日記,飛耳張目,
迷路の迷人,雲霧組,楽屋銀杏,七里坊,軍師の旗本

となっていました。つまり、第2巻の冒頭の1章が「投扇興」ということです(ちなみに、文庫の方だと第1巻の後ろの方になります)。さっそく買って読んでみました。
舞台は浅草から始まるのですが、「投扇興」の章では伊豆に移っています。しかし、出てくる投扇興は百人一首形式なので、現在、東伊豆に関東本院が置かれている円満院の形式とは違うようです。
(表十組とか「橋立」「春の野」「富士」、「裏の高砂、有明」という役が出てきます)
なお、投扇興の起源とされる、投楽散人其扇の故事にも触れられています。


森田たま「新編 竹」
(創元文庫)

随筆家の森田たま(1894(明治27)−1970(昭和45))による随筆集。この中の「女の教科書」という作品に、投扇興および源氏物語に関する思い出話が出てきます。
二寸四方ほどの升目に源氏香の図と、扇や的の様子が淡い彩りで描かれている點數図…ということは、宮脇賣扇庵に伝わっている点式のことを指しているように思えますが、定かではありません。

何しろ昭和26年11月初版という古い文庫本なので、今では絶版だと思われます。友人にお借りした物は、古書店で1280円もしたようです(他にもハードカバーなどで出ているかもしれませんね)。
巻末の解説は中谷宇吉郎(世界で初めて人工的に雪の結晶を作り出した科学者)が書いており、そこでも投扇興について触れられています。


岩佐美代子「宮廷文学のひそかな楽しみ」
(文春新書)

第1章の『「枕」と「源氏」の再発見』の最後の『みそっかすの花散里』という節(52ページ〜)で、投扇興を紹介されています。
宮脇賣扇庵の源氏物語54帖形式の得点絵図をもとに、昭和初期に家庭で普通に行なわれていた投扇興の実際の様子が伺えるあたりが興味深いです。

そしてタイトル通り、源氏物語における「花散里」という女性について言及し、「一番普通の人」である花散里の名が、投扇興で一番ありふれた形につけられている面白さを述べています。


高橋義夫「江戸鬼灯(えどほおずき)」(廣済堂文庫)

江戸時代を舞台とした小説のようで、その第五話のサブタイトルが「雨下投扇」というのです。
こちらは1998年第一刷なので探せばありそうなのですが、どうもなかなか手に入りません。いったいどういう物語なのか、そもそも「投扇興」の「投扇」なのかも定かではありませんが、何とか入手して確かめてみたいと思っています。


谷崎潤一郎「蘆刈(あしかり)」
(岩波文庫「吉野葛・蘆刈」)

60ページほどの短編小説です。主人公であり語り部の「わたし」に対して、蘆間より現われた「ちょうどわたしの影法師のような男」が語る思い出話の中に、投扇興が出てきます。
彼の話は、父親の慎之助と、お遊様・お静姉妹との不思議な交渉で、美しい女人への父子二代に渡る男の思慕と愛着の物語です。そのお遊様たちの優雅な暮らしぶりの描写の一例として

お遊さんの部屋の中にある調度類というものは、みな御殿風か有職(ゆうそく)模様の品ばかりで手拭いかけからおまるのようなものまで蝋(ろう)塗りに蒔絵(まきえ)がしてあったと申します。 (中略) お遊さんはその奥の方に上段の間こそありませぬけれども脇息(きょうそく)にもたれてすわっている、ひまなときには伏籠(ふせご)をおいて着物に伽羅(きゃら)をたきしめたり腰元たちと香を聴いたり投扇興をしたり碁盤をかこんだりしている、お遊さんのはあそびの中にも風流がなければあきませぬので、(以下略)

と描かれています。
残念ながら道具やルールに関する詳しいことは書いてありませんが、要するに暇つぶしですから本格的に行司をおいて試合をしたというよりも、ドラマ「徳川吉宗」に出てきたように、腰元たちに扇を拾わせながらどんどん的に当てていたというだけなのかもしれませんね。

参考:「解説」千葉俊二氏


畠中恵(はたけなか・めぐみ)「ありんすこく」
(新潮文庫「おまけのこ」収録)

「ありんすこく」とは「ありんすの国」つまり吉原が舞台のお話で、投扇興の勝負で賭けをする場面が出てきます。


ネット連載

SF調の学園ドラマのような小説が、かつてあるサイトに連載されていました。その第二章の中に、何と学校の「投扇興同好会」を舞台としたシーンがあったのです。
銘定や形式などをセリフから読みとる限りでは、かなり浅草の投扇興に親しんでいる方が書いていたようですが、今は当時のURLに文書がありませんので、確認できなくなってしまいました。