新聞記事

朝日新聞・ウィークエンド経済

1997年3月22日付の「会社のうちそと」と言う欄に、投扇興を趣味とする私がインタビューされた記事が載りました。
その時の取材体験などを「自己紹介」に書いてあります。


朝日新聞「あなたも趣味人

2012年3月19日付の記事に、各流派の起こりや現在の活動の様子が詳しく紹介されています。


日本経済新聞

2011年12月6日付のコラム「スポートピア」で、横綱審議委員でもある歌舞伎俳優の澤村田之助丈が「相撲と通じる投扇興」という題で執筆されています。

相撲と歌舞伎は何かと交流があった。中でも流行した「投扇興」という華やかな遊びの中に、歌舞伎と相撲が気脈を通じあった時代があった。(中略)
歌舞伎では、土俵仕掛けにして、本格的な4本柱の上に屋根まで掛けて、行司はその格好をし、呼出しまでたっつけ袴で「ひが〜し」とやった。

この「土俵仕掛け」や、軍配を持った相撲の行司に見立てた銘定行司は、今でも春の伝法院の大会の決勝戦で再現されますし、当時の写真が残っています。

芝居は昼夜の2部制で時間が長い。子役の私は、午前11時ごろ銀座の泰明小学校に迎えにき来た人力車で歌舞伎座に入る。今の子役なら役が終わったらさっさと帰るが、当時は居残って芸を学ぶ。子供は退屈してしまう。その退屈しのぎに生まれたのが、投扇興ではなかったかと思う。

投扇興が梨園や角界に流行ったきっかけがこんな所にあったとは驚きです。今に至る投扇興の流れを考えると、この「楽屋での投扇興」がなかったら投扇興の復興もなかったかもしれないと思うと感慨深いものがあります。

ところで双葉山さんは、太鼓腹が邪魔をしてうまく投てきの体勢がとれず、相撲のようにはいかなかった。

やはり東京の投扇興は、前かがみの姿勢が一般的だったことがここからもうかがえます。


スポーツニッポン

2003年1月30日付に、新横綱・朝青龍の「速攻相撲」を分析した記事が載っていますが、その中に「運動神経がいい」という一例として投扇興が出てきます。
というのは、前年の夏にある雑誌(詳細不明)の企画で、これまた人気力士の高見盛と一緒に投扇興にチャレンジしたことがあるそうなんです。

(朝青龍関は)短時間で技術をマスターし、高得点を連発した。日本人でも腕の使い方が難しいのに、何度も投げていくうちに完全に手のうちに入れたという。

歌舞伎俳優や落語家、タレントなど芸能人に多くの愛好家がいる投扇興ですが、これを機会に力士の皆さんにも広まってほしいものです。特に浅草には、相撲をかたどった演出がいろいろありますしね。「銘定行司」とか、大会における軍配や土俵など…。


朝日新聞・「TODAY'S関西」

2002年1月19日付の「TODAY'S関西」という面に、「行ってみようよ 雅な気分で投扇興 京都・都御流京都道場」というタイトルの記事が載っていました。
http://www.asahi.com/osaka/020119d.html
にしばらく内容が載っていましたが、10日ほどで削除されてしまいました。
記者の方が都御流の手ほどきを受け、1投目手習のあと、2投目にいきなり澪標を出したようですね(^^)。

この記事によると、最近の都御流では「向かい合って座り」「5投ごとに交代」というのが定着しているようです。ほんの数年前まで、片面だけだったと思いましたが。


朝日新聞デジタル(2012年11月2日00時50分

「艶やかな舞台披露 祇園をどり、10日まで 京都」というタイトルで配信された記事の写真に、「祇園をどり」のお座敷の場で披露された投扇興が紹介されています。


伊勢新聞

日本全国の投扇興」の「各地のひな祭り」に書きましたように、2001年3月14日付に、三重県一志郡一志町で行なわれた投扇興の模様が紹介されています。毎年恒例の行事なのかどうか。記事を見る限りでは、今年初めてやった、というようにも読めますが。道具も手作りだそうです。


東京新聞

JTBの取締役営業本部長の方が、投扇興を趣味にしておられるということで1996年5月25日付紙面に紹介されています。


中日新聞

日本全国の投扇興」に書きましたように、1994年12月16日付の社会面に、名古屋市東区徳川町の徳川園会館で開かれた、全日本作法会東海本部小桜会での投扇興の模様が紹介されています。
他、大津の円満院の大会が、よく中日新聞で報じられているようです。


日本経済新聞

1998年10月14日の社会面で、浅草の流派の発足当時のエピソードや地元の期待などについて紹介しています。


他、地方紙や全国紙の地方面にも投扇興が紹介されている例があり、それらから重要な情報が拾えることがけっこうあります。「日本全国の投扇興」でも紹介していますので、ご参照ください。