「婦女手藝法」の百人一首形式銘定

明治26年に発刊された「婦女手芸法」という書物に、投扇興が紹介されています。
銘定は百人一首形式なのですが、作法や道具の記述も含めて江戸時代の文献などの出典が示されておらず、さらによく見ると独特の銘定が見られるので、この書物独特の銘定としてご紹介することにしました。銘定以外の記述については「投扇興の歴史」をご参照ください。
なお、得点については原文では漢字表記ですが、わかりやすさを優先して算用数字にしました。

但し書き 説明 其扇流との対比 コメント





瀧川 過料2点 蝶倒るれば無点 枕を倒すが扇の一部が枕の下に入り蝶は扇の上に乗る 野分 瀬をはやみ岩にせかるゝ瀧川の いわゆる「野分」ですが、「嵐」より過料が軽くなっています。
散花 3点 扇も蝶も血に落ちた 花散里 久かたの光のどけき春の日に
龍田川 7点 扇は地に落ち、蝶が立つ 早蕨 千早ふる神代もきかず龍田川
秋風 8点 枕と扇の並びの先で蝶が立つ 匂宮 秋風にたなびく雲の絶間より
富士 11点 要枕の脇に外れば8点 扇が枕にかかり、蝶が立つ 明石
若紫
田子の浦に打出て見れば白妙の
筑波根 12点 蝶倒るれば8点 扇が地に落ち、その上で蝶が立つ 浮舟
横笛
夕顔
朝顔
絵合
紅葉賀
柏木
筑波根の峯より落るみなの川
橋立 13点 扇が枕に横立ちでかかり、蝶が立つ 橋姫 大江山いくのゝ道の遠ければ
千鳥 14点 扇、枕の並びの先で蝶が立つ 東屋 淡路島通ふ千鳥の啼く聲に
春の野 20点 扇の紙の方かゝる時は無点又扇外れて下にあるは15点 野分だけど扇が倒れた枕にかかり、さらに蝶が枕に乗っている 野分 君か爲春の野に出て若菜摘む あまりに奇跡的な形のため、過料どころかプラス20点になっています。
しかし、地紙の方が枕にかかると全く0点というのが厳しいですね。
扇が落ちたら15点なのに。
白妙 25点
(褒美)
蝶枕につけてば無賞 扇が枕に乗り、蝶は地に落ちて立つ 桐壺 春過ぎて夏来にけらし白妙の (ちょっと但し書きの意味がわかりませんでした)






高砂 30点
(褒美)
枕に乗った扇の上で蝶が立つ 胡蝶 高砂の尾上の櫻咲きにけり
小莚 22点 (筑波根との違いから)手前に扇が落ち、その上に蝶が立つ 浮舟の加点 きりきりすなくや霜夜の小莚に
假寢 21点 要枕の縁を外るれば無点 蝶は枕の上に残り、扇は要を上にして枕にかかる 藤袴 浪花江の蘆のかりねの一夜故 藤袴にしては高すぎる(これ、頻繁に出ますしね)上に、要が外れたら0点というのがまた厳しすぎます。
山櫻 19点 要枕の横に出れば無点 同上?? 同上?? 諸共に憐れと思へ山さくら 「假寢」との違いが絵からはわかりませんでした。
沖の石 18点 扇が枕を倒して上に乗り、蝶は地で立つ 野分の加点 我袖は潮干に見へぬ沖の石の 野分と澪標の合わせ技というのは、確かに形としては想定できますが、物理的に無理っぽいですね。
小倉山 15点 扇が要を下にして枕にかかり、蝶は地で立つ 玉鬘 小倉山峯の紅葉心あらば
軒端 12点 蝶枕にからめば無点 扇が枕にかかり、蝶は地で立つ 若紫 百敷や古き軒ばのしのぶにも 「富士」より高いのですが、理由が絵からはよくわかりませんでした。但し書きも意味不明です。何故一気に0点?
有明 10点 蝶扇の下に入れば5点 枕、蝶、扇が一直線に並ぶ 花散里 有明のつれなく見へし別れより 其扇流ではこの形には特に加点はない上に、「夕霧」になると点が半分になるんですね。
玉の緒 9点 有明の形で、要が脇に外れる 花散里 玉の緒よたえなば絶へよながらへば
我が庵 5点 蝶扇の下より出る時は無点
又扇の親骨下へ附き親骨小倉山の如く離るる時は無点
(絵では蝶が見当たらないので多分)蝶が枕と扇の間にに吊られる 空蝉 我庵は都のたつみ鹿ぞすむ いわゆる「花」「おひねり」の形の的玉のおもりが枕に吊られるのはまずありえないので、おもりではなく紙の部分が扇と枕にはさまれて引っかかっている形かも。
過料3点 要枕の並びより外れば無点 扇が枕を倒し、蝶も倒れる 野分 嵐吹く三室の山の夕なぎは 扇の要が枕の並びから外れると過料免除、というのはちょっとよくわかりませんが、珍しいのは確かです。
手枕 2点 扇が蝶を落とさずに向こうに落ちる 手習 夏の夜は夢ばかりなる手枕に ここまで「無点」がたくさんあった割に、何故こちらが2点もらえるのかは不明です。

扇が枕を倒してしまった「野分」の形に、これだけのバリエーションを想定している銘定は、おそらくこれが唯一ではないでしょうか。そういう意味で貴重な資料です。