銘定

さて、いよいよ「投扇之記」の形式における銘定を表にまとめてみます。
新扇堂の扇(写真↓)に書かれている銘定は全部で34種類に及び、銘と点数だけでなく、説明文まで全て丁寧に書き添えられています。
各銘には番号もついていますが、出典である「投扇之記」とは微妙に順番が違っています。要するに、きちんと得点順に並べ替えてあるようですね。

ただし、銘にはルビが添えてありません。広辞苑などで調べてわかった範囲でいちおう書いておきましたが、間違ってたらご指摘をお願いします。実際に遊ぶ時には、どうしても読み上げる必要があるわけですから、これだけ丁寧に書いてある扇なら、ついでに全ての銘について読み仮名も入れてほしい、と思います。
説明文は、この扇に書かれた現代風の文体がわかりやすいと思いますので、このページの表ではそちらを採用しました。
もともとの「投扇之記」に記されている説明については、「投扇興の歴史」に原文のまま紹介しますので、そちらをご参照ください。
銘の出典は新古今集あたりが多いようでもありますが、どうも特定の歌集や物語から取っているわけではないような気もします。「夕顔」などは銘も型も源氏物語形式と全く同じだったりしますし。比翼・連理の出典は「長恨歌」のようですね。

また、浅草の銘と比較して私からのコメントも添えてあります。
一般的に使われているイチョウ型の「蝶」は重心が高くて倒れやすいのに対して、おひねり型の「花」と呼ばれる的は非常に安定しているため、地に落ちても立っていることが珍しくありません。つまり、この銘定を活かして遊ぶためには、イチョウ型の蝶を使っては面白みに欠けるため、どうしても的を「花」に合わせる必要があります。そのあたりを前提としてお読みください。

それと、この稿をまとめていて初めて気が付いたのですが、出典と思っていた「投扇之記」もしくは「投扇式」とは明らかに絵や解釈が違っている銘がありました。もっとも極端なのが「かけ橋」です。コメントをご覧ください。

番号 読み 新扇堂の扇の説明文 「投扇之記」の原文 コメント
上つ風 かみつかぜ 1点 花に触れずに向こうへ落ちた型 花にさはらずして、扇むかふへおつるを、 つまり、蝶にも触れない手習。でも扇が毛氈から出ない限り、無点ではありません。
春風 はるかぜ 3点 花にさわって向こうへ落ちた型 花にさはりて、扇むかふへ落るを、 これも手習で、原典の「投扇之記」では「上つ風」と図が共有されています。
山風 やまかぜ 4点 花を倒して向こうへ落ちた型 花を横にして、あふぎむかふへおちたるを、 花は台の上にあるので、つまり松風の形です。
野分 のわき 6点 花とバラバラに落ちた型 花もあふぎも、遠くおちたるを、 絵で見る限り花散里のことです。(台を倒す「野分」に相当する銘は最後に出てきます)
二見が浦 ふたみがうら 6点 花と扇子が近くに落ちた型 はなもあふぎも、近所へおちたるを、 絵によると花散里なのですが、上の「野分」との違いは、的と扇が近くにあるというだけで、基準は不明確です。
点数は同じなので、あまり気にしなくていいのかも。
鴨立沢 (*) しぎたつさわ 7点 花は向こう、扇子は手前の型 花はむかふへ落、あふぎは手前へ、 末摘花の形。扇は手前。
天津風 あまつかぜ 9点 扇子の下に花が隠れた型 扇子の下へ、花かくれたるを、 夕霧のことですね。
横雲 よこぐも 13点 花が横倒しになって扇子と並んだ型 花をよこにして、あふぎと並びたるを、 「おひねり」の蝶は、むしろ倒れる方が珍しいのでしょう。形としては単なる花散里なのですが、「二見が浦」と比べて七点も高くなっています。
夕顔 ゆうがお 15点 落ちた扇子の上に花が乗った型 あふぎの上に、花のりたるを、 そのまんま夕顔のことです。
10 富士の根 ふじのね 18点 花も台も扇子のかげにかくれた型 臺(だい)もあふぎにかくるゝ、 帚木のことではなく、よく見る須磨のように手前に要を上にして扇が台にかかった形です。投者から見て「扇しか見えない」ことが肝要。
11 水の田影 みずのたかげ 19点 扇子が花台の向こう側へ落ち、花台のに立てかかった型。花はどこでもよい あふぎむかふへ立かゝるを、 蝶は向こうに落ち、扇も台の向こう側でかかった形。行幸です。
12 銀河 あまのがわ 20点 扇子が花に触れずに落ちて、花台に立てかかった型 花にさわらずして、かゝりたるを、 浅草では「関屋」の両褄上がりに相当しそうですが、「花に触れず」とあるので、手習でしかないですね。
13 浦の苫屋 うらのとまや 20点 扇子は花台に立てかかり、花は落ちて扇子のかげになった型 扇少し臺へかゝり、はなをちてかくれたるを、 「かくれ」とあるので、たぶん薄雲の形でしょう。しかし銀河と同じ点数とは(^_^;)。
14 敷妙 しきたえ 22点 花が花台の上で倒れ、扇子は花台に立てかかっている型 花よこになり、あふぎかゝりたるを、 若菜下の形です。
15 朝日影 あさひかげ 23点 扇子は花台に立てかかり、花は向こうへ落ちた型 はなむかふへおつるを、 絵を見る限り、須磨のようです。
16 透垣 すいがい 25点 扇子が花台に立てかかり、花は花台の横に落ちた型 はなわきへおつるを、 扇がかかって蝶が横に落ちているので行幸なのですが、なぜか須磨より高得点(笑)。横に落ちるのが珍しいからか?
17 蔦の細道 つたのほそみち 25点 花は落ちずに、花台に立てかかった扇子が花に触れている型 あふぎ花に少しかゝりたるを、 銀河に似ていますが、扇が台にかかると共に花にも触れている状態です。
それにしても、とにかく的に当てることより扇が台にかかることが異様に高く評価されてますね。
18 玉琴 (*) ぎょっきん 26点 花台に扇子が立てかかり、しかも要のところで立っている型。花はどこでも良い 左右ともかなめつかず、すみのかゝりたるを つまり扇が両褄上がりの形です。
19 芳野川 よしのがわ 27点 花台に扇子が立てかかり、要の近くに花が落ちている型 かなめのところに、はなおちたるを、 どこまでを「近く」とするかわかりませんけど。
20 芳野山 よしのやま 30点 扇子の要の部分が花台に立てかかり、花は花台の上にある型 (何故か原文が空白) 藤袴のような形。
21 早乙女 さおとめ 32点 花は下に落ち、扇子が花台の上にのっている型 あふぎ上へのり、花そのもとにあるを、 澪標の状態です。おひねりの蝶なので、絵では桐壺に見えますが、そういう区別はないようです。
22 神風 かみかぜ 35点 花台の向こう側に扇子、こちら側に花が落ちた型 扇むかふへ、はなは手前へ 形としては末摘花ですが、鴫立沢とは逆です。こんなの出るんでしょうか?
23 花車 はなぐるま 36点 花台に扇子が立てかかり、花は落ちずに花台の上で倒れている型 はなよこになり、扇臺へかゝりたるを、 若菜下の形ですが、廿二点の敷妙との違いは…絵で見ると、こちらは扇が横向きです。でも、天晴れや状態の敷妙の方が安いなんて??
24 破れ車 やれぐるま 38点 扇子が花台に立てかかり、花は向こう側へ落ちた型 花むかふへおち、あふぎ臺へかゝりたるを、 これも須磨の形なのですが、廿三点の朝日影との違いは、扇が天晴でなく横向きにかかってることです。なんででしょうか(^_^;)。
25 武蔵野 むさしの 40点 花台の向こう側で、扇子が花台に立てかかっている型。花はそのまま あふぎむかふへ、斜にたちかゝりたるを、 手習です(笑)。扇が台の向こうで天晴れ状態でかかっています。これって結構、普段見ませんか? 扇が蝶の上を越えてストンと落ちた感じですが、その割にとんでもない高得点です。澪標より高いんですよ!
26 夕日影 ゆうひかげ 40点 花台の向こう側で、扇子が花台に立てかかり、花はこちら側へ落ちた型 はな手前に、 これも須磨です。扇は台の向こうで天晴れ状態に立ち、蝶が手前に落ちた形。
しかし、これもほとんど不可能?
27 翠簾の間 みすのひま 43点 扇子が要を上にして花台に立てかかり、骨の間から花が透けて見える型 ほねの間より花見ゆる、 藤袴の形ですが、扇が要の側を台にかけており、その骨の間から蝶が見えていると高得点らしい。
28 垣間見 かいまみ 45点 扇子が花台に立てかかり、骨の間から、下に落ちた蝶が透けて見える型 はなほねの間より見ゆる、 「翠簾の間」と説明が同じ(笑)。こちらは薄雲の形で、骨の部分から蝶が見えている、ということです。
どこから見たら、という制限があるかどうか不明。
29 月宮殿 げっきゅうでん 47点 花が花台の上で立ったまま、扇子が花台の向こう側で要を上にして立てかかっている型 臺につきて立たるを、 これ…手習だよなぁ(^_^;)。蝶が落ちずに扇が台にかかってるんだけど、武蔵野との違いは、扇が要を上にして向こう側にかかっていることです。言われてみれば、あまり見かけない形かもしれない…
30 戸無瀬 となせ 48点 花台に立てかかっていた扇子の上を花が滑り落ちる型 あふぎのうへの、花すべりおちたるを、 これは確かに高得点でしょうね。おひねり蝶だからこそ落ちるのであって、浅草なら途中で止まって真木柱か御法になる所でしょう。
31 かけ橋 かけはし 49点 花台の上に扇子が傾いてのり、しかも落ちた花の上に端がのっている型 扇臺のうへにて、かたぶきてかゝりたるを、 この説明の通りだとすると、「夢浮橋」になりますね…!? 絵もそう見えますが、原書ではそうなっていません。次の「胡蝶」と区別がつかない形です。
32 胡蝶 こちょう 50点 花台の端っこで扇子がバランスをとって落ちない型 はないづれへおちても、 澪標なのですが、しばしば見かける、扇が枕の縁に斜めに乗っている形です。これが高得点になってるんですね。
33 比翼 ひよく (*) 優勝 花台の上にフワリと扇子がのった型 無點、一座の勝とす、
花のうへに扇のりたるを、
おひねり蝶なら十分可能なのかもしれません。何しろ、ここまで帚木の形が出てませんから。途中の欠け部分にあったのかな? とにかく、これが出たらいきなりコールド勝ちになるわけです(笑)。
34 連理 れんり (*) 優勝 花台の上に扇子がのり、その上に花がのるという、奇跡をよぶ型 無點、一座の勝とす、
あふぎのうへに花のりたるを、
いわば、花と的台の間に扇が滑り込んだ形ですが、「花」の形の的なら全く不可能でもない気もしてきます。
        (33)か(34)ができれば、その人が勝ち。あとの競技は打ち切り!      


注)この表ではなるべく扇に書かれているままにまとめましたが、実際には誤記があるようです。たとえば

あと、「比翼」と「連理」の「優勝」というのは現代的な言い回しに変えてあるもので、「投扇之記」の原文では「無点 一座の勝ち」となっています。この場合の「無点」は手習のような不名誉な物ではなく「点のつけようがない珍しい形」というわけですね。

その比翼と連理ですが、浅草などで用いる「銀杏の葉」の形の蝶ではまず無理であるものの、紙と小銭によって手作りした「おひねり」の形の「花」を的にしている場合は、比較的可能性はあるようです。
実際、「連理」の方は、嘉悦大学の投扇興同好会で2回ほど出たと伺いました。

比翼 連理


さらにボーナス点やペナルティの規定も描かれています。

初めと終わりの役 各5点 1投目と最後の投扇で「銘」がついたとき、銘の種類にかかわらず、銘の点数に「役」の5点がそれぞれプラスされます。 はじめ題あれば、いづれにても五點をますべし、
をはりも、右のごとく五點をますなり、
3点 2投目から最後まで「銘」を続けた場合、銘の点数プラス3点。 二度目より終りまでつゞけて題あるときは、點の外に三點をますなり、
全台 7点 初めから最後まで「銘」が続いた場合は、銘の点数プラス7点。 はじめより終りまで敗題せず、皆題あるは、外に七點をますべし、

倒台

木枯し マイナス3点 花台まで倒した人は減点です。 三點引
花乗たるまゝ臺倒れ、あふぎ脇へ出たるを、
山あらし 敗戦 花台が倒れ、しかも扇子や花などが一部でも敷物の外へ出てしまった場合は、完全敗戦でその競技は終わります。 一座の負とす、
はなも扇もちりぢりに、臺をれたるを、
           
      扇子の要が敷物の外に出てしまった場合、点はナシ。ただし、他の部分ならかまわない。   毛氈より外へ蟹目(かなめ)出れば、無題として題に入らず、あふぎ出ても、蟹目氈の中にあれば題に入べし、
敗題、無題もとより同じ事なり、

浅草でいうところの「野分」も2つに分けられていて、単に台を倒しただけではたったの3点しか引かれません。
しかし、台を倒した上に、扇や花が毛氈の外に出るほど遠くまで飛んでってしまった場合は、過料が多くなるどころではなく「負け」になってしまいます。

銘定と別に「役」があるのがユニークですね。銘と点数の考え方も浅草とはずいぶん違いますし、一度このルールでも遊んでみたいと思います。