「風俗画報」の源氏物語形式

ここで、「風俗画報」第219号に載っていた源氏物語形式の銘定をご紹介します。
現在の浅草や京都の銘定とは微妙に解釈が異なる上に、「花散里が無点」どころか「手習は過料」というのがあまりに厳しくて興味深いです。賭けの対象になっていたり、罰ゲームがあったという時代ならではと言えるかもしれません。
薄雲が2点にしかならなかったり、早蕨など立ち系の技の得点が低いあたり、全体的には都御流の方がまだ近いようです。
宮脇賣扇庵で売られている点式の説明などでは曖昧でわかりにくかった判定に、数字をまじえた明確な基準を示しているところが参考になります。

文字については、可能な限り当時の旧字体のままにしました。「あげまき」や「さかき」「みゆき」などは浅草とは違う字が使われています。
絵が添えられていないため、説明については原文のままで考えるしかありませんが、残念ながら中には明らかな誤記誤植も見られるので、それについては私のコメントを参照してください。
現在の浅草にはない14種類のうち、空蝉系と若紫系のほとんどについては、複雑なのでコメントは控えました。


投扇興點附表   故蔦の家撰

  読み 点数 コメント
1 花散里 はなちるさと 無點 蝶扇共に枕より落散乱す 花散里が1点にもならないのは、都御流の方に近いですね。
2 野分 のわき   扇枕に當(あた)り倒す 過料のはずですが、何点マイナスなのか不明。
3 手習 てならい 過料壹點 扇枕に當り蝶は其儘(そのまま) 手習が過料1点! かなり練習を積まないと得点がプラスになりません。
4 關屋 せきや 壹點 扇枕の後へ落ち寄り掛り蝶は其儘  
5 若菜上 わかな・じょう 貮點 扇枕へ橋に掛り蝶は其儘 「葵」との区別が今ひとつわかりません。
6 末摘花 すえつむはな 貮點 扇蝶枕の前後へ分れ落ち蝶倒る  
7 薄雲 うすぐも 貮點 扇蝶共に落ち蝶扇の下へ隠れ半ば現はる 「半ば現われる」であって、完全に扇の下に隠れると、こちらでは「宿木」になります。
8 繪合 えあわせ 參點 扇蝶共に落ち蝶扇の縁に倒れ半ば載る 浅草なら、扇の上か下かは無関係。
9 御幸 みゆき 參點 扇落ちて枕へ寄り掛り蝶は下に倒る  
10 松風 まつかぜ 四點 扇落ち蝶枕の上に寝る  
11 早蕨 さわらび 四點 扇蝶共に落ち蝶下に立つ  
12 紅葉賀 もみじのが 四點 扇蝶共に落ち蝶地紙の角に倒る一寸以上離れば花散里となる 浅草とは違い、「親骨の側」ではなく「地紙のカド」であることがポイントです。「一寸以上離れ」ていなければ、蝶が扇に触れていなくてもいいようです。
13 梅か枝 うめがえ 四點 扇蝶共に落ち扇の要と枕の坐と向き合ふ一寸五分以上離れば花散里となる これも浅草の梅ヶ枝とは意味が違うようです。要と枕の坐が向き合うとはどういう状態を指すのでしょう。
14 東屋 あずまや 五點 扇蝶枕の前後に分れ落ち蝶立つ  
15 ほたる 五點 扇蝶共に落ち蝶扇の要或は親骨の脇に立つ一寸五分以上離れば早蕨となる 今の浅草にはない銘ですが、要から一寸五分の範囲にあれば早蕨よりおまけになる、というのは蛍のお尻の光らしくていいです。
16 匂宮 におうのみや 五點 扇蝶共に落ち蝶扇の地紙の側に立つ一寸五分以上離れば早蕨となる 上の「蛍」と同様、距離に関して明記されているのが重要です。 
17 花の宴 はなのえん 五點 扇落ち蝶は枕の縁に掛り止る  
18 あおい 五點 扇枕の後へ落ち要にて支へ寄り掛り蝶は其儘片つまつけば關屋となる 今の浅草では「関屋」の加点の形です。 
19 藤袴 ふじばかま 五點 扇枕の正面へ倒る寄り掛り蝶は其儘(そのまま)扇の要枕を外れば三點引とす 今の浅草でも、藤袴の形で要が枕から外れたら減点、というか「関屋」扱いです。 
20 柏木 かしわぎ 五點 扇蝶共に落ち蝶扇の骨の下に倒れ坐ばかり現はす 骨の上の場合の記述はなし。
21 常夏 とこなつ 五點 扇落ちて枕へ寄り掛り蝶は枕の上に寝る兩爪あかれば十點増とす  
22 さかき 七點 扇蝶共に落ち扇は枕へ寄り掛り蝶扇の親骨にて押さへられ倒る  
23 若菜下 わかな・げ 七點 扇枕へ橋に掛り蝶は枕の上に寝る  
24 朝顔 あさがお 八點 扇蝶共に落ち蝶は扇の下に倒れ半ば骨の間より見ゆ これはむしろ鈴虫の一種のようで、骨の上に蝶が乗った場合ではないようです。
25 鈴虫 すずむし 八點 扇蝶共に落ち蝶は扇の骨の下に倒る蝶骨の間より立てば十點増とす  
26 夕顔 ゆうがお 八點 扇蝶共に落ち蝶扇の上に寝る  
27 夕霧 ゆうぎり 八點 扇蝶共に落ち蝶扇の地紙の下に隠る  
28 宿木 やどりぎ 八點 扇蝶共に落ち扇は枕へ寄り掛り蝶は扇と枕の間に倒る 今の浅草の宿木とは違って、「蝶が完全に扇の下」の状態。
29 揚巻 あげまき 十點 扇枕へ橋に掛り蝶落ちて倒る  
30 須磨 すま 十點 扇枕の前へ倒に寄り掛り蝶は落ちて倒る  
31 若紫 わかむらさき 十點 扇蝶共に落ち扇は枕へ寄り掛り蝶は立つ蝶扇と枕との間に入れば五點増とす 若紫で薄雲の形になった場合の但し書きがはっきり書いてあるのは興味深いです。 
32 初音 はつね 十五點 扇枕の正面へ倒に寄り掛り蝶は枕の上に寝る蝶扇の骨の間に挟れば五點増し要枕を外れば五點とす  
33 竹川 たけかわ 十五點 扇蝶共に落ち扇は要にて支へ枕の後へ寄り掛り蝶は倒る蝶要の下に入れば五點増とす  
34 空蝉 うつせみ 十五點 扇落ち枕へ寄り掛り蝶倒れて枕の縁に掛る蝶扇をつりて要下につかざれば十五點増とす どう考えても「扇が」「蝶を」つるんじゃないかと…?
35 椎か本 しいがもと 十五點 扇枕の後へ倒に寄り掛り蝶落ち倒る蝶下に立てば十點増とす  
36 明石 あかし 二十點 扇枕の前へ倒に寄り掛り蝶落ちて立つ  
37 浮舟 うきふね 二十點 扇落ち蝶地紙の上に立つ枕の前なれば十點増蝶の坐少しでも出れば十點増とす 蝶が扇の端からはみ出ると「減点」かと思ったら何と得点増とは。
38 玉葛 たまかづら 二十五點 扇蝶共に落ち扇は要にて支へ枕の後へ寄り掛り蝶下に立つ蝶坐要を支ふれば十點増し  
39 まぼろし 二十五點 扇枕へ橋に掛り蝶は倒れて枕の縁に掛る蝶に扇を挟みて地紙の上に掛れば十點増とす  
40 眞木柱 まきばしら 三十點 扇倒に枕に寄り掛り蝶落ちかかり扇の骨にて支へらる鈴要にからみてさがる時は二十點増とす  
41 橋姫 はしひめ 三十點 扇枕へ橋に掛り蝶落ちて下に立つ蝶扇の前にあれば十點増とす  
42 蜻蛉 かげろう 四十五點 扇枕の後へ落ち要にて支へ寄り掛り蝶は落ちずして扇の地紙にて押へられ枕の縁へ掛る蝶脇へ掛れば五點引とす  
43 藤裏葉 ふじのうらは 四十五點 扇枕の正面へ倒に寄り掛り蝶は落ちずして枕の後縁に掛る扇の要枕を外れ或は蝶脇へ掛れば各五點引とす  
44 蓬生 よもぎう 五十點 扇蝶共に落ち蝶は下に立ち扇の地紙を支へて兩つま揚る片つまつけば十五點引とす 「両褄上がりでなければ減点」という書き方は珍しいです。
45 横笛 よこぶえ 五十五點 扇落ちて半ば畳り蝶其上に立つ 浮舟と区別がつきませんが、浮舟は「地紙の上」と明記されているので、やはり横笛は「骨の上に立つ」なのでしょう。
46 澪標 みおつくし 五十五點 扇枕の上に載り蝶落ちて下に倒る  
47 紅梅 こうばい 六十點 扇地紙の折目にて枕の縁へ掛り蝶も亦枕の縁へ掛る蝶寝た計りなれば五點引落ちて下に立てば十點増とす  
48 乙女 おとめ 六十五點 蝶落ちずして枕の縁へ掛り扇其上に載る扇地紙の折目にて枕に掛り要にて蝶を中に支ふれば十點増とす  
49 桐壺 きりつぼ 七十五點 扇枕へ載り蝶落ちて下に立つ この桐壺や篝火、夢浮橋あたりは、どこの点式でも解釈は全く変わりませんが、得点の与え方が違います。浅草の「20点」は、やはり桐壺に対しては低すぎるような気がします。
50 帚木 ははきぎ 八十點 蝶倒れて枕の縁に掛り蝶にて扇を中に釣る 意味がとりにくいです。少なくとも、蝶については松風よりも花宴の状態のようですから、浅草でいう「帚木」とは全く異なります。
51 胡蝶 こちょう 八十五點 扇半畳り枕の正面へ倒に寄り掛り蝶扇の要にからみてさがる これも都御流などの胡蝶(半分畳まれた状態の扇が蝶を倒さずに枕に乗る)とはずいぶん違いますね。
なお、別の源氏物語形式の点式では、この「よりかかった扇に蝶の鈴がからんで下がる」形を、「真木柱の鈴がらみ」でも「胡蝶」でもなく「蛍」としている物もあります。
52 篝火 かがりび 九十點 扇枕へ載り鈴扇の骨にからみて蝶さがる  
53 御法 みのり 九十五點 扇枕へ倒に寄り掛り蝶其上に落ち坐地紙の折目に掛りて止る  
54 夢浮橋 ゆめのうきはし 百點 扇落ちて下に立つ扇蝶と枕へ橋に掛る