投扇興は近代に起りし遊戯にして漢の投壺の戯に擬へしものなりといふ投壺の戯は所謂君子の爭ひなりといへどその法我國に傳はらず且つ漢土にても既に廢れたりといふ投扇興は維新前までは盛に行はれたりと雖も現今は稍く廢れてその方法を知るもの稀なり因りて今之を古代遊戯の部に加へたり此の戯が禮式最も正しくして品格亦卑しからず故に子女席上の翫びと為すべきものなり而してその方法種々複雑したるものにあらず宴會若くは無聊の際即坐に行ひ得べき極めて容易なる物なり之を試みんと欲せば宜しく下の圖を参考すべし
投扇の起は其扇といへるもの曾て晝寝ね醒めて席上を見るに木枕の上には一羽の蝴蝶止り其扇傍に在る扇を取て之に擲ちしに扇は枕上に止り蝶は遥かに飛去りたり其扇その有様の妙趣あるに感じて再び扇を取て之に擲つと雖も枕の前後左右に落ちて枕上に止らず是に於て投壺の遊戯を想ひ起し十二字を紙に包みて枕上に置て扇を以て之に投げ勝敗を爭はヾ彼の投壺の禮法嚴密にしてその調度の多くその技の煩繁なるに勝るべしと因りて之を投扇興と名けてその技の禮法を著せしといふ
通寶十二字(即文錢)を錦叉は金入りの切にて包み蝶の形に似せて金銀の水引にて結ぶべし是を的玉といふ
但し即坐はこの式に關せず適宜の紙にて包むべし紙の寸法は五寸四方なり以下即坐は本式に限らずと知るべし