以上で投扇興の説明と遊び方はほゞ終つたのであるが、なほ読者の参考に、余の経験による点の出し方について少し述べておかうかと思ふ。前にも言つた通り高点を出す(よい型をつくる)ことは畢竟(ひっきょう)自己の熟練と研究とによるのであるけれども、自分の腕が定まり、呼吸を覚えて来ると、思ふ通りの型や叉はそれに近い或はそれの変形が出るやうになつてくるのである。しかし特別な珍型は到底望むことは出来ぬ。それは全く偶然といはねばならない。
まづ最も行ひ易い「須磨」(十点)の出し方から記す。
扇を右手に持ち(古式の持ち方)手と扇とをほゞ直角とし、要の中央に蝶を入れ、地紙の端と蝶の錘とが一致した時放す。
もしそれが少し狙つても「あげまき」(八点)か、よくいけば「明石」(二十点)「橋姫」(三十点)「まぼろし」(二十点)となり、往々「藤の裏葉」(四十五点)を出す。
次に「みをつくし」五十五点の出し方、これは屡々(しばしば)出るものではないが、研究すれば可能性が増すのである。
扇を新式に持ち狙ひ方はほゞ前と同じく蝶の錘を見て放す。かくしてもし蝶が立てば「桐壺」(七十五点)となり、蝶が要にかゝつて垂れゝば「篝火」(九十点)等となる。これは指二本拇指と人指にて軽くつまみ(新式)、ふはりとはなすをよしとするのである。
次には「乙女」(六十五点)の出し方。
扇は新式に持つ、そして地紙の下に蝶を狙つて軽く放つ、扇は空中を動揺して蝶の真上辺りから落ちてこの型をつくる。
これは困難であるがこの呼吸さへのみこめばよく出る型である。もし蝶が箱の上で扇の下にあれば「はゝき木」(八十点)その蝶が立てば「胡蝶」(八十五点)となる。但し失敗すると「あふひ」(五点)や「関屋」(二点)になつてしまふ。
今度は軽い点で、「鈴むし」(八点)や「夕きり」(八点)の出し方。
扇は新式、古式何れでもよい、狙ひ方は須磨の時と同じだが、蝶の中途を要の中から見て放つ、
これに類似したものには多い。「柏木」(七点)「紅葉の賀」(四点)「絵合せ」(三点)「夕顔」(八点)「朝がほ」(八点)等はさうである。これも少し力を入れすぎると扇と蝶とがはなれて「花散る里」(無点)となり勝(が)ちである。
次も軽いもので「松風」(四点)の出し方。
持ち方は新古式何れでもよい、狙ひ方は要の中央から蝶の上を見る、そしてともかくも蝶へ当てるやうに念じて放つ、
これは非常に容易で、誰でもきつと出す型である、扇の当り工合ですぐ「花の宴」(五点)となる。
まだまだ多数の型があるが、畢竟(ひっきょう)自分の研究によつて当り易いかつ珍型を生み出し易いやうな方法を会得すればよいのである。始めから五十点や八十点は無理である。まづ「松風」位から練習をつみ、「鈴むし」を出すやうになり、ついで「須磨」を熟練し、最後に「みをつくし」や「乙女」を工夫するがよい。且つそれが当然の順路である。その間に偶然にも珍型が出たり、よい点を得たりするであらうから、その時の呼吸をよくのみこんで一層練磨するのである。
くりかへしていふが苟(いやし)くも扇を打つ時は、真面目に蝶を狙ひ真剣で放たなければならぬ。滅多打ちはむしろ害になる。狙ひを定めて放てば必ず当るといふ信念を持つてゐてもらひたい。