これは「日本教育文庫」に収録されている文献で、扇などの道具、試合の進め方などの詳細が記された、大変貴重な史料となっています。
銘定は百人一首形式で、図解入りでわかりやすいものです。
序
香に組香あり、俳諧に點取あり、いづれか其業の奥旨に至るの階梯なきことなし、粤(ここ)に酒宴に興ずる投扇の戯ごとあり、はじめは京師に發(おこ)りて、浪華に流行す、今東武にもてあそぶもの、叉少からずといへども、其式を立て、香、茶、俳のごとくにするゆへ、譲るに小冊をして、傳寫(でんしゃ)に因て書林に與へて、梓に壽して、世に廣ゥせんと欲す、見る人、香、茶、俳のごとく、後生に傳(つた)へば、先人の悦び、此冊子に止るべし、于時安永甲午春正月、洛東山隠士盛桃生江の旅盧に筆を染侍る、
目録
一字包之事 | 一枕之事 | ||
一扇子之事 | 一席法之事附左右役人之事 | ||
一番數定之事附褒美過料之事 | 一席上之事 | ||
一投扇之圖 | 一表十二組圖式井點(てん)倍(まし)之事 | ||
一同本歌之事 | 一裏六組圖式井點倍之事 | ||
一同本歌之事 | 一表裏目安之事 | ||
一記録書キ様之事 | 一同心得之事 |
投扇興譜
扇を投て、枕上の十二字を落し、其おちたる形を見て、勝劣を定め、盛酒をなすの興とす、よつて字賭等の類を、厳く制禁することなり、只宴興のもてあそびとする而巳、
○字之事
十二字但文錢錦の裁(きれ)、叉は金入等のきれに包ミ、或は行成紙につゝみ、金銀の水引、叉は眞紅紫等の紐にて是を結ビ、枕ノ上に載セ置なり、
但銀錢叉は銀にて、十二字の形(なり)に作リたるを、上品と定む、
○枕之事
塗まくら、あるひは蒔繪いつかけ等、物ずき次第たるべし、
○扇子之事
金銀の扇に、極彩色にて、源氏繪を畫ク、骨は十二軒、黒朱、あるひは蒔繪毛ぼり等をもちゆ、要は金銀たるべし、
○席法之事
枕の前後に席を定め、まくらより、扇だけ三ツ、あるひは二ツ半を隔て坐す、左右に役人兩人、
左ニ字扇取の役一人座す、
右ニ銘定の目付一人座す、
但し十二組、記録に引あわすべし、外に記録をしたゝめる役人、一人あるべし、
○番數ヲ定メ置キ投ツ之事
一席を十二番と定る法なり、叉は十番五番とも、時宜に應じてうつなり、但し十二組のうち、苅穂御幸をうつときは、ほうびとして、席中一盃づゝ呑ムなり、叉山風を投テば、過料として、勝負の差別なく、其人二盃呑ムべし、叉定マリたる番數のうちにて、かり穂と山おろしをうてば、過料ゆるすべし、叉御幸と山おろしを投テば、過料一盃免スべし、ほうびなし、
○席上之事
猩々緋羅紗、叉さらさの類、長六尺幅二尺にして敷クべし、眞中にまくらをすえ置なり、
ただし此氈の外へかなめ出るは、無におなじ、
記録にものせず、くわしく次に圖す、
はじめあふぎを投ゲ出す方を要人と稱す、相手を未人と稱す、たはむれといへども、香茶の席のごとく、禮をおもくして、みだりがわしきことなきやうにせば、いよいよたのしみふかくして、交もまた淺かるまじ、
【※以下の行で、「★」から行末までは私からのコメントです】
○表十二組圖式井點(てん)倍(まし)之事
附銘本歌之事
第一番
秋の田のかりほの庵のとまをあらみわか衣手はつゆにぬれつゝ 天智天皇
銘 苅穂
點倍 二十五點 (絵)褒美 ★浅草の源氏物語形式では「胡蝶」の形
第二番
をくら山峯のもみち葉こゝろあらは今ひとたひの御幸またなん 貞信公
銘 御幸
點倍 二十點 (絵)褒美 ★同「桐壺」の形 的玉倒れなら「澪標」
第三番
つくはねのみねよりおつるみなの川戀そつもりて淵となりぬる 陽成院
銘 筑波根
點倍 十五點 (絵) ★同「浮舟」の形 的玉倒れなら「夕顔」
第四番
淡路しまかよふちとりのなくこゑにいく夜寝さめぬ須磨の関守 源兼昌
銘 千鳥
點倍 十三點 (絵) ★同「東屋」の形 的玉倒れなら「末摘花」
第五番
田子の浦にうち出て見れは白妙のふしのたかねに雪はふりつゝ 山邊赤人
銘 冨士
點倍 十二點 (絵) ★同「明石」の形 的玉倒れなら「須磨」
第六番
あまのはらふりさけ見れはかすかなる三笠の山にいてし月かも 安陪仲麿
銘 三笠山
點倍 十一點 (絵) ★同「玉鬘」の形 的玉倒れなら「竹河」
第七番
今来むといひしはかりに長月のありあけの月を待ち出てつるかな 素性法師
銘 有明
點倍 十點 (絵) ★同「早蕨」の形 的玉倒れは第十番「散花」
第八番
此たひはぬさもとりあへす手向山もみちのにしき神のまにまに 菅家(菅原道真)
銘 錦
點倍 九點 (絵) ★的が落ち、扇は要を下にして自立している!?形
第九番
めくり逢て見しやそれともわかぬまに雲かくれにし夜半の月哉 紫式部
銘 雲隠
點倍 八點 (絵) ★同「夕霧」の形 (同じ百人一首形式でも「雲隠」は過料にしている流派もある)
第十番
久かたのひかりのとけき春の日にしつこゝろなく花の散るらん 紀友則
銘 散花
點倍 七點 (絵) ★同「花散里」の形
第十一番
かさゝきのわたせる橋におく霜の白きを見れは夜そ更けにける 中納言家持
銘 置霜
點倍 五點 (絵) ★同「手習」の形
第十二番
吹くからに秋の草木のしほるれはむへ山かせをあらしといふらん 文屋康秀
銘 山嵐
點倍 三點 (絵) ★同「野分」の形。後述する実例から推察するに、これは「過料」でマイナスらしい。
表十二組終
○裏六組圖式扞點倍(てんまし)之事
附 銘本歌之事
第一番
立わかれいなはの山のみねに生ふる松としきかは今かへり来ん 中納言行平
銘 因幡山
倍 三十點 (絵) ★同「藤袴」の形 (的を落としても倒してもいないのに30点!?)
第二番
御垣守(みかきもり)衛士のたく火の夜はもえてひるは消えつゝものをこそ思へ 大中臣能宣
銘 御垣守
倍 丗一點 (絵) ★同「初音」の形
第三番
朝ほらけ有明の月と見るまてによし野のさとにふれるしらゆき 坂上是則
銘 白雪
倍 丗二點 (絵) ★同「常夏の両褄上がり」の形
第四番
天津かせ雲の通ひ路ふきとちよをとめのすかたしはしとゝめん 僧正遍照
銘 乙女
倍 丗三點 (絵) ★これって手習では? なんで33点!? 「表」の第十一番は5点なのに。
第五番
君かため春の野に出てわかな摘むわかころもてに雪はふりつゝ 光孝天皇
銘 若菜
倍 丗五點 (絵) ★野分ですよね? なんで35点!?
第六番
百敷(ももしき)や古き軒端(のきば)のしのふにもなほあまりあるむかしなりけり 順徳院
銘 軒端
倍 五十點 (絵)褒美 ★同「若紫」の形
裏組六番終
○點數目安附 記録するとき見安き為め爰(ここ)にしるす
○表十二組
苅穂二十五ゝ 御幸二十ゝ 筑波根十五ゝ 千鳥十三ゝ 冨士十二ゝ 三笠山十一ゝ
有明十ゝ 錦九ゝ 雲隠八ゝ 散花七ゝ 置霜五ゝ 山嵐三ゝ
○裏六組
軒端五十ゝ 若菜三十五ゝ 乙女三十三ゝ 白雪三十二ゝ 御垣守三十一ゝ 因幡山三十ゝ
記録書キ様之記
投扇興之記 五番定 ★おそらく試合結果の実例を挙げていると思われる
名左 千鳥 冨士 置霜 置霜 雲隠 倍四十六ゝ ★13+12+5+5+8=43点では? 何か計算方法があるのかな?
名右勝 雲隠 褒御幸 散花 筑波根 有明 倍七十五ゝ ★8+20+7+15+10=60点では? やはり何か抜けてるのかも
同 十番定
名左勝 置霜 無 冨士 雲隠 散花 ★前半:5+0+12+8+7=32点
千鳥 褒苅穂 三笠山 散花 千鳥 倍百一ゝ ★後半:13+25+11+7+13=69点、計101点で合ってる。しかし「苅穂」なんて出るんだ…!
名右 有明 有明 有明 冨士 過山嵐 ★前半:10+10+10+12-3=39点 (山嵐は過料3点)
雲隠 にしき 雲隠 散花 無 同七十一ゝ ★後半:8+9+8+7+0=32点、計71点となる。
番數定次第、右に準ずべし、
無としるすは、右十二組の象(かたち)をなさゞるをいふなり、
表組にて投グるときは、裏六組は無になすべし、但定メ次第にて組ミてもよし、
投扇興譜 終