投扇之記(投扇式)

三一書房「日本庶民文化史料集成」第九巻には、「遊び」の章の中に、河村洋子氏による解題校注とともに「投扇之記」の全文が収録されています。その「解題校注」によると、この「投扇之記」は、同年に同じ著者によって書かれ、内容も全く同じ「投扇式」という文献の外題替えと考えられるそうです。
そのため、この本で活字化された「投扇之記」を、欠落部分(蔦の細道、玉琴、芳野川、芳野山)や文字の不鮮明箇所については「投扇式」から補った上で掲載します。

なお、メインとなる銘定の部分は、浅草の源氏物語形式の銘定だとどれに相当するかなど、私のコメントも添えた表も別に作ってありますので、それについては「投扇式・投扇之記」をご覧ください。
実際の古文書では絵付きで並べてあるらしいですが、ここではシンプルに表だけにしてあります。読み方については、新扇堂で販売している投扇興用の扇に印刷されている解説も参考にしました。
ただし、「投扇之記」では例えば「しぎたつさわ」が「鴨立沢」になってしまっており(活字化されている書物でも「(ママ)」と書いてあるということは疑問視しているのでしょう)、それを参考にしているらしい新扇堂の扇でも「鴨」と書いているのですが、「投扇式」では正しく「鴫」の字が使われていますので、おそらく転記する際の書き間違いがそのまま受け継がれてしまっているのだと思われます。
ここでは一字一句「投扇之記」だけを厳密に紹介するのが目的ではないので、明らかに正しいと思われる方に合わせました。

それと、銘の最後にあるおまけの得点などについても、わかりやすくするために表にしました。ただ、補足説明はつけていませんので、具体的にどういう形になるのかなどは、「投扇式・投扇之記」の説明を参照してください。いずれは絵も添える予定です。
あと、「叙」には注釈がいろいろついていたのですが、著作権が気になるのでここでは省きました。ただ、読み仮名だけはそのまま載せておきました。
もともとの縦書きの文章をそのまま再現するのはさすがに無理でしたが、途中にある点数表の見本や席の図については、可能な限り縦書きに見えるように工夫してみました。


投扇之記   叙

八しまの浪静に、五日の風、枝をならさぬ時にあひて、清賞袂をつらね、楽事踵(くびす)をつぐ。新なるよりあらたに、遊宴の興をたすくるわざなむおゝかる。酒既に酣(たけなハ)にして、花かうはしく、月さし入、嘉肴林(かこうはやし)をなし、美酒池をなし、僮(とう)酌ミ、妓うたひ、賓たはふれ、主歓び、興尽るになんなんとして卒爾(そつじ)として一堤(てい)の笥(はこ)を携へ出るあり。夫、投壺ハ、古聖人取て礼をなし、郷党に用ひ、郡国に用ゆ。射礼と異なる事なし。今や新に是を擬して投扇と題す。席上、婆裟(はさ)として武蔵野の月をあらわし、芳野の花を探り、不二の根の雪を望む。春風の嫋〃(じゃうじゃう)たる翠簾(ミす)の間の清婉(せいゑん)、垣間見の幽雅、従容、宴安(ゑんあん)たゞならず。礼もつて是が節をなして淫に流れず、君子屋漏(をくろう)にも恥さるの娯楽(たのしミ)也けらし。いよいよあらたなるより新に、清賞楽事(せいしゃうらくじ)此に尽さゞる也。実(げに)おさまる御代のためしならざらんかも。
 文化六つの林鐘

珍々居士

儀節
○ 如図席上に毛氈を敷、花台を正中に、花台より扇四たけを隔て双方に対座して、一方に青、黄、赤、白、黒の五色をわかちたる扇五本つゝ、如図ならぶべし。

○ 双方座きはまり、前後の礼式ありて、先手まづ青き扇を取上げひらき、要の所を大指と人差指にてかるく持、向ふさがりに手を出し、花台を目当にして和らかになぐるなり。其時側に判者ありて、投ちりたる花扇の姿、絵図に見合、点の貴賎をわかつべし。

○ 扨又、後の一方も初めのごとく、青き扇よりひらき投べし。如此、青、黄、赤、白、黒と互〃に一番づゝ投おハれバ、双方にて十品の銘をさだむ。是を優劣の一順とす。

○ 執筆の式



    
  
 
  

     












             
垣春
間風
見何
何點



     
              後前        
                   
                   
別俳
号名
を或
記は
 

○如此執筆して、一順の点を双方引くらべ、優劣をわかつべし。あるひは座席の興に乗じ、点数の優劣によつて酒盃を用るも又興あるべし。猶、其余は席上の作意に任すべし。


設席図
(図は略。逆さに文字を書くのが大変なので)


(投扇式) (新扇堂) 投扇之記
にある読み
得点 形態
上ハ風 上は風 上つ風   壱点 花にさわらずして、扇むかふへおつるを
春風       三点 花にさわりて扇むかふへ落つるを
山風       五点 花を横にしてあふぎむかふへをちたるを
野分       六点 花もあふぎも遠くをちたるを
鴨立沢 鴫立沢    しぎたつさわ 七点 花ハむかふへ落 あふぎは手前へ
二見の浦 二見の浦 二見が浦   六点(ママ) 花もあふぎも近所へおちたるを
天津風       九点 扇のしたへ、はなかくれたるを
横雲     しののめ (?) 十三点 花をよこにしてあふぎと並びたるを
夕がほ       十五点 あふぎのうへに花のりたるを
富士の根       十八点 台もあふぎニかくるゝ
水田影       十九点 あふぎむかふへ立かゝるを
銀河     あまのがわ 廿点 花にさわらずして、かゝりたるを
浦の苫屋     うらのとまや 廿点 扇少し台にかゝり、はなをちてかくれたるを
敷妙     しきたえ 廿二点 花よこになり あふぎかゝりたるを
朝日影       廿三点 はなむかふへをつるを
透垣     すいがい 廿五点 はなわきへおつるを
蔦の細道       廿五点 あふぎ花に少かゝりたるを
玉琴       廿六点 左右ともかなめつかず、すみのかゝりたるを
芳野川       廿七点 かなめのところに、はなおちたるを
芳野山       三十点 (説明文なし)
早乙女       三十二点 あふぎ上へのり、花其もとにあるを
神風       三十五点 扇むかふへ、はなハ手前へ
花車       三十七点 はなよこになり 扇台へかゝりたるを
破れ車       三十八点 花むかふへをち あふぎ台へかゝりたるを
武蔵野       四十点 あふぎむかふへ、斜にたちかゝりたるを
夕日影       四十点 はな手前に
翠簾の間     みすのひま 四十三点 ほねの間より花見ゆる
垣間見     かひまみ 四十五点 はなほねの間より見ゆる
月宮殿       四十七点 台に付て立たるを
戸無瀬       四十八点 あふぎのうへを花すべりをちたるを
かけ橋       四十九点 扇台のうへにてかたふきてとまりたるを
胡蝶       五十点 はないづれへをちても
比翼       無点
一坐の勝とす
花のうへに扇のりたるを
連理       無点
一坐の勝とす
あふぎの上へ花のりたるを
木枯し       三点引 花乗たるまゝ台倒れ、あふぎ脇へ出たるを
山あらし       一坐の負とす はなも扇もちりぢりに、台たをれたるを
初メ はじめ題あれバ、いづれにても五点をますべし。
終リ をハりも右のごとく五点をますなり。
二度目より終りまでつゞけて題ある時は、点の外に三点をますなり。
全題 はしめより終りまで敗題せず皆題あるは、外に七点をますべし。

毛氈より外へ蟹目(かなめ)出れバ、無題として題に入らず、あふぎ出ても蟹目氈の中にあれバ題に入べし。
敗題、無題、もとより同じ事なり。


文化六年
己巳 六月吉旦
京都書林 河南四郎兵衛
東都書林 岡田屋嘉七
浪華書林 河内屋嘉七
同 書林 播磨屋松之助