「見立て」について

投扇興の魅力の一つに、扇が落とした的(蝶)と扇自身、そして的台(枕)の位置関係を、いろいろな物に見立てて名前と点数を与えるという風流さがあります。浅草の流派では、源氏物語54帖の巻名から名前を付けています。
その中から、わかりやすい例をいくつか挙げてみましょう。

 

扇が蝶に当たって落とすことができると嬉しいものですが、落ちた形を見た時に、扇・蝶・枕の3つがバラバラで位置関係に美しさが見られない時は、花が咲き終わって散ってしまった形に見立てて「花散里(はなちるさと)」と呼びます。これは源氏物語の第11帖の名前から来ています。
非常によく現われる形で、せっかく当たっても1点しかもらえません。
なお、「花散里」というのは源氏物語に数多く登場する女性の中でも最も平凡な女性の名前なので、そういう意味もこめられているようです。

 

扇が枕にかかっていたり、蝶が自力で立っていたり、あるいは扇と蝶が少しでも触れていると、その美しさや珍しさの度合いに応じて色々な名前と点数がついてきます。
たとえば、地に落ちた扇の骨の部分の上に蝶が乗った形を、源氏物語の第20帖にちなんで「朝顔」と呼びます。
これは、扇の骨の部分を、朝顔のツルが巻き付く支柱や竹垣に見立てたものです。蝶は、アサガオの花が開いた様子に当たります。
扇の中でも骨が見える部分は狭いですから、これはけっこう珍しい部類になり、7点ももらえます。
同じ扇の上でも、広い地紙の方に乗った場合は「夕顔」と呼ばれ、こちらは5点。あと、扇のヘリに乗ってる場合は「紅葉賀(もみじのが)」あるいは「絵合(えあわせ)」という形で、さらに減って4点になります。

 

また、地に落ちた扇の骨の下に蝶が見えている形を「鈴虫」と呼ぶのは、蝶をスズムシに、扇の骨を虫かご(もしくは草むら)に見立てたものです。
何しろ最近の虫かごは竹で編んだものなどめったに使われませんし、ましてや草むらにいるスズムシの写真なんてとても撮れませんので、残念ですが模型の鈴虫の写真で代用しておきます。

 

上述の「紅葉賀(もみじのが)」と「絵合(えあわせ)」の違いは、扇のヘリのうち「地紙」の方か「親骨」の方かの違いですが、骨に乗った方をモミジというのは、扇の骨をモミジの葉の葉脈に見立てているそうです。赤ちゃんの手を「モミジのような手」なんて表現したり、あと、肉屋さんで鶏の足を「モミジ」と呼んだりしますが、あれらと同じ発想でしょうか。ちなみに紅葉賀とは「紅葉を眺めながら催す祝宴」(広辞苑より)のことで、春のお花見のようなものですね。
あと、地紙に乗った方を絵合というのは、文字通り「絵が描いてある紙の方」だからです。絵合の本来の意味は、「物合わせの一。左右に組を分け、判者を立て、おのおの絵や絵に和歌を添えたものを出し合って優劣を競う」ことだそうです。

 

そのほか、扇が枕に立てかかって、その下に蝶の一部ないし全部が隠れた形を「薄雲(うすぐも)」と呼びますが、これは蝶を月に、扇を雲に見立てているのだそうです。

 

蝶が扇と絡まず、単独で立っている形を「早蕨(さわらび)」と呼びます。「早蕨」というのは、芽を出したばかりの若いワラビのことです。
(このワラビの芽の写真は、GURANA FUNNY ARTから提供していただきました。ありがとうございます。七輪で焼いたキャラクターがかわいいですね)

 

扇が蝶を落としたあと、そのまま枕に舞い降りるように乗った美しい形を「澪標(みおつくし)」と呼びます。この形はまさに投扇興のルーツであり、高得点の中では唯一「狙って出せる」可能性が高いこともあって、皆の目標となっています。
「澪標」とは「澪の串」という意味で、航行する船に対して通りやすい深い水脈を知らせるため、千年以上前に初めて難波(なにわ=現在の大阪)に建てられました。そして明治27年、大阪市では「商業都府の根本は港で、船に基づく」という理由から、この澪標を大阪市章に決定しました。こちらには、かつて実際に川に建てられていた当時の澪標の写真が紹介されています。
左側の写真は、大阪市此花区伝法にある「澪標住吉神社」に残っている、昔の澪標です。実際に行って確認してきました。そこに添えられていた解説文によると、岡山県の倉敷川には今でも数多く残っているそうで、ぜひ見ておきたいものです。
確かにこの澪標の形は、開いた扇が枕に乗った形によく似ていますね。

 

18点の「空蝉(うつせみ)」は、「セミの抜け殻」という意味です。確かに、枕から吊られた状態の蝶を見ていると、羽化したセミが飛び去った後も木にしがみついたままの抜け殻のように見えてきます。

  

20点の「紅梅(こうばい)」は、枕を梅の幹に、扇を枝に、そして蝶を紅梅の花に見立てているものと思われます。
2点の「梅ヶ枝(うめがえ)」も同様の発想かもしれませんね。

 

ところで、TBS系TV番組「しあわせ家族計画」で、俳優の渡辺裕之さんが投扇興に挑戦したことを覚えておられるでしょうか?
あの時、「浮舟(うきふね)」を一発で決めて300万円をゲットしたシーンをご覧になった方は、行司の其扇庵夢蝶先生の解説をお聞きになったことでしょう。これは、地に落ちた扇の地紙の上で蝶が立った形を、船の帆に見立てています。

これらのように、わかりやすく見た形のままから見立てる場合もあれば、源氏物語の該当する巻の内容から見立てる場合もあります。この見立てを考察しているホームページもありますので、興味のある方はアクセスしてみてください。
他、百人一首形式などでは、また違った由来から名前をつけていると思われます。

こうした「見立ての心」を一つ一つ理解していくと、投扇興という遊びをさらに楽しむことができます。